Rhinocerosをただ褒めちぎるだけの記事
Rhinocerosをただ褒めちぎるだけの記事
note(2022年2月)の再掲記事です。有料部分もこちらでは公開しています。
創設者Bob McNeelという人物
Bob McNeelという会計士をご存知だろうか。
彼は幼い頃、会計士の父から「息子よ、将来会計士にだけはなるんじゃないぞ」と言われ続け、大学では工学を専攻した。
しかし工学を勉強することは彼にとってつまらないものだったため仕方なく技術者への道を放棄、卒業後なにか手に職をつけたいと思ったMcNeelは、またゼロから会計士資格の試験勉強を始め、試験の狭き門をくぐりぬけ、合格。
結局父と同じ会計士の道を進むことになった。
会計士のために計算ソフトをプログラミングするMcNeelは徐々に顧客を増やしていきソフトウェアの販売で経済的な余裕ができた。そしてある日顧客の一人から個人的にAutodeskソフトの代理購入とインストールを頼まれることになる。
McNeelはAutodesk社にソフトの購入を掛け合ったところ、Autodesk社から「ソフトを一つ販売したら50%の優待価格を提供するのでディーラーにならないか?」と商談を持ちかけられる。
こんなに良い商売があるのかと会計士の直感が働いたMcNeelは、一つのソフトの値段で二つのライセンスを顧客に販売する、駆け出しディーラーになった。
そこがMcNeelの人生の大きな転換点になった。
Autodeskから独立
自らAutodeskソフトのプラグインをプログラミングすることで付加価値を上乗せしたMcNeelは、順調にAutodeskのソフトを顧客に販売していって、やがては北米圏最大のディーラーにまで上り詰める。
その後船舶設計に務める顧客から「CADに船舶設計のために、曲線を扱えるような機能を盛り込めないか」と相談される。
曲面を扱う工業設計は当時莫大な利益が見込めるCADソフトの新しい投資分野だった。
ほどなくしてMcNeelはCADに自由曲線-NURBSをモデリングするためのプラグイン開発を決心した(NURBSは工業設計に必要不可欠なモデリングロジックだが、建築設計に使われる主流ソフトのモデリングロジックはPolygon。
曲線や曲面の精度を保証するためには非破壊性を持つNURBS以外を使用することは認められないし、建築設計にPolygonソフトでモデリングすることは破壊的なので様々な弊害がある)。
しかしAutoCADは周知の通り2D製図のためのツール。
AutoCADに3Dモデリング機能は確かに存在するが、NURBSのモデリングロジックを取り込むのが困難だと感じ、AutoCAD上で開発することを断念、一転してMcNeelはAutodeskから独立してNURBSソフトの開発を進めることになる。
NURBSソフトで3Dモデルを構築したのちに2DCADへデータを移行する、という形式が彼の初期の構想であり、新ソフトはSculpturaと呼ばれた。
Sculpturaは当時インターン生のMichael Gibsonが大学の講義で作成したメッシュモデリングツールが元になっている(Rhino開発後、MSNに渡り、独立後現在サーフェイスモデリングソフトMolを開発中)。
ソフトが更新されSculptura 2.0が配布される頃にはNURBSのモデリングに完全対応した。Sculpturaのソフトには犀のアイコンが宛てられているため、正式名ではない場合はRhinoと呼ばれた。
商標登録の都合によりRhinoの名前は変更され、現在のRhinocerosというソフトが誕生したのだ。なのでAutoCADに似た機能やコマンドラインといった名残がRhinoにあったりもする。
Rhinoの成功の秘訣
Rhinoはサイト開設時、全く広告や告知が出されていない状態でアクセス数が5万ビューを超え、2ヶ月後には10万ビューを超える、当時注目度が最も高いソフトになった。
1998年10月にRhino 1.0が配布され初期の販売部数は5000部。AdobeのPhotoshopが初配布された当時、年間販売部数が200部だったので、これがソフト業界を激震させるほどの凄い数字だということが分かるだろう。
1998年のRhino 1.0から最新バージョンのRhino 7.0まで、22年の歴史があるが、新バージョンの更新ごとに3~5年近くの開発時間を要している。
しかし、新バージョンでは必ず画期的な機能が搭載されその度に世界中の新規ユーザーを取り込んでいるのだ。最も難産だったRhino 6.0はRhino 5.0から更新までに6年近くもかかったが、新機能は増えてもソフトの容量は半分以下まで減少している。
それはRhinoが”バージョンを更新するたびにゼロの状態から再開発を始め、尚且つプログラムを全て書き直している”からこそ実現ができる芸当なのだ。
では最大手のAutodesk、Adobeのソフトはどうだろう。
一年ごとに必ず新バージョンが配布されるものの、既存の環境を修正するばかりで、機能は少しづつしか改善されず、ソフトの容量はどんどん肥大化するばかり、そして操作が重くなるという原因不明の不具合、ほとんどのユーザーは最新版に更新する意欲すら失っているだろう。
現在Rhinocerosは建築、都市計画、構造、ランドスケープ、メディア、交通、宝石、靴、道具、設計、機械、航空、映画など多岐にわたる分野で色んなユーザーから愛用されているソフトの一つだ。
Rhinoは建築や都市計画などの利用者の反応を受けて、さらに大規模なモデルを快適に扱えるように日々開発が進められている。
Food4Rhinoで見つけられるプラグインのジャンルを見たら一目瞭然だが、最早Rhinoはひとつの目的だけを解決するためのツールではなく、プラットフォームとして想像できる全てのものを実現するために、さらなる躍進を全世界のRhinoユーザーから期待されている。
さらにRhinoを語る上で絶対に避けられないGrasshopper。
建築設計と施工の効率を大幅に底上げできる変数ツールの一つで、複雑建築の設計には欠かせない。
PythonやC#といった主流のプログラミング言語、変数、NURBSを複合して操作できるソフトはRhino&Grasshopper以外に考えられない。
ガウディは「直線は人間に属し、曲線は神に属する」と言ったが、人類の審美は常に留まるところを知らないだろう。
世界トップの建築事務所ザハ・アーキテクツ、フランク・ゲーリー・アーキテクツ、BIG、フォスター&パートナーズなど挙げるとキリがないが、名も知らぬ小さな規模の設計作品にも常態的にGrasshopperが使用されているかもしれない。
McNeelはRhinoが商業を最優先することはないと宣言している。
全てのRhino愛好家はユーザーであり、テスターであり、トレーナーであり、テクニカルサポーターであり、業務を担う役目を持ち、開発者でもあるのだ。私たちは全世界に1000ものRhinoソフトの正規販売店を構え、50万人を超えるユーザーがいる。他社によるソフト買収や合併の可能性も理由も全くない。
McNeelは常に実用性を考えてRhinoを改善している。
「Rhinoは一度も宣伝広告を出したことはないし、ソフトウェアの展示会に参加したこともない。儲けたお金は一円たりとも無駄にはせず全てRhinoのソフト開発とサポートのために充てられる。なぜなら全てのユーザーにお金を理由にプロジェクトやツールを使うのを諦めて欲しくないからだ。だからこそ常にギリギリの値段設定をしているし、表面や見かけだけのUIや機能を提供することはない。」
その証拠として、Rhinocerosのソフト本社Robert McNeel & Associatesは上場をしていない。
企業の収入源は全てユーザーの体験に依存しているのだ。Rhinoの自信の裏付けとも言える。
そしてRhinoはオープンドキュメントを採用している。本来、各ソフト社は利益のためにユーザーの全ての操作を自社ソフト内で完結させたい。そして保存ファイルに固有の格式を採用するものだ。
しかし同様にひとつのソフトで全てがこなせるような、完璧なソフトは存在しない。本来なら用途に応じてソフトを使い分ける必要があるが、Revitや3DSMaxを始め、データの互換性やモデル変換の手段に乏しいソフトはたくさんある。
Rhinoは数百ものCAD、CAE、CAMそしてレンダラーソフト、動画ソフト格式との間で良好な互換性を確保している。
P.S.(noteでは有料公開しています)
Rhinocerosは永久ライセンス制を採用していて、メジャーバージョンを更新しない限りは(例として、Rhino 6.0からRhino 6.1はマイナーバージョンの更新なので買い替え不要だが、Rhino 6.0からRhino 7.0は買い替えが必要)買い切りのソフトをずっと使用できる。
学生版は商業版の約1/4の値段で購入でき、学生卒業後は自動的に商業ライセンスに変更されて使い続けられる。
学生版が買い切り約4万円と大半の建築モデリングソフトと比較すると遥かに手頃な価格だし、学生版を大学の機関から団体でライセンス購入を希望すると半額になるケースもある。*1
Rhinocerosのソフトが魅力的に感じるなら、是非正規版をRhinoceros 3dのオフィシャルサイトから購入してほしいと思う。
最後にひとつ、避けられないであろう不名誉な話を。
Autodesk社のソフトが2019年から利用料が70%以上も増え学生、或いは新卒の建築設計従事者は到底支払うことができない金額に膨れ上がっている。
しかしそれでもRevit、AutoCAD、3DSMax、Mayaなどの建築/モデリングソフトの利用者が一定数いるのは事務所などの実態を見ると分かるだろう。利用者の大半が正規ライセンスを購入していないのだ。
ネットの初心者にブラウザで調べてもらうと、容易にライセンスの必要ない改造ソフトが手に入り、正規ソフトと全く同じ機能で使用できてしまう。
問題はAutodesk社が改造ソフトの流通を取り締まる動きが全くないこと。
毎年新しいバージョンのソフトが発行されているのに、全く同じ手法で、或いは全く同じクラックソフトで非正規のソフトが手に入るのは極めて不自然。
しかしAutodesk社側はIPアドレスからどのパソコンが、そしてどの会社が改造ソフトを使った痕跡があるか簡単な情報を把握できる。
例えばIPアドレスの発信源が大手事務所であればAutodeskは訴訟を起こし、規模が小さな事務所や個人であれば、Autodesk社側の訴訟にかかる費用が釣り合わないのでスルーされるといった具合だ。
収穫を連想させるような方式は何もAutodesk社のソフトに限った話ではないし、なんなら色んなソフトにも心当たりがあるが、直近の急な値上げも大規模な資金回収のための布石だと考えるなら納得できる気がする。
そして3DSMax、Revit、Mayaといった様々なソフトを買収してきたAutodesk社の商業に対する野心的な態度を見るとありえない話ではない。
最大手Autodeskから独立して成功したのがRhinoで、McNeel CEOが買収や合併に対して明確な対立意識を向けるなどの背景があるため、AutodeskソフトとRhinoの間では反発が見られる。
例えばRhino 5.0時代にはNURBSツールの要であるT-splineプラグインが曲面設計の効率化に大きな貢献をしたものの、敢え無くAutodesk社にT-splineのプラグインソフトが買収されてしまい、Fusion360にT-spline機能を吸収。
そしてRhino 6.0ではT-splineが提供されないため、T-splineの後継機能であるSub-Dが自社開発され、Rhino 7.0に登場するまでの3年間、T-splineを使う場合Rhino 5.0とRhino 6.0を同時に起動させ別バージョンのデータをその都度共有させなくてはならないという、Rhinoユーザーを困惑させるような事態があった。
3年という短期間でRhino 7.0に自社開発のSub-Dを搭載できたのは、McNeelの強かな意志と行動が前提にあり、ユーザーの体験を第一に考えたからこそ実現した。
そして建築設計の収入源に直結する高い生産性をコンスタントに提供してくれるソフトはRhinoだけだと感じている。
だからこそ、
[勝ち抜き]これから伸びる建築モデリングソフトは?
— アサヒかーき_建築手記 (@asahi_blog) 2022年2月8日
「これから伸びる建築モデリングソフト」として皆に選ばれたのだろう。
以上。
こちらもあわせてオススメ
*1:詳しくは「建築専用ソフトの比較について(2022版)」を参照してください。